一打に懸けた夏  〜ありがとう〜

理学室   町村 祐輔
 対智弁和歌山9回裏1対4、3点のビハインドで監督は「広大、渡辺、松橋、野辺とつないで代打に町村を送り最後まで諦めずつないでいこうじゃないか。」その言葉を聞いてベンチ裏でバットを振り始めた。攻撃が始まった。広大が3ベースを放ち渡辺の犠牲フライで1点を返す、スタンドの歓声が聞こえ自分はベンチに戻る。松橋が内野安打で出塁した。しかし次の野辺が打った打球は内野ゴロ、ダブルプレー「終わった」とネクストバッターサークルでうつむいた。「セーフ!!」野辺が全身泥まみれにして一塁ベース上に立っていた。そんな野辺に刺激され甲子園の土を確かめるように左バッターボックスへ向かった「代打町村」
 打席に入る前、一塁コーチャーに声をかけられ固い笑顔を浮かべ三回ジャンプし緊張する気持ちを下に沈め左打席に入った。1ストライク3ボールまでは一度もバットを振らなかった。次の球はファールになった。それまではスタンドの声援、相手の野手全てが見えていた。しかしその後は見逃せば三振ゲームッセットという思いが脳裏を駆け巡りバットを振り続けた。フォアボールなど少しも考えなかった。打っていくうちに来た球に集中した無の世界にいた様に思う。そして7球ファールで粘った12球目、打球は前に飛んだ。
 センターに取られるかと思った。打球はセンターの前に落ちてヒットになった。
その瞬間何度も何度もガッツポーズをし、一塁ベースに着いたとき、左手を天高く突き上げていた。急に我に帰った自分の足は緊張のあまり震えていた。そして代走に大手が出されベンチに戻ろうとしたその時、二万人の観衆から拍手が沸き起こった。感動のあまり涙が出そうになった。その後も、代打に出された孝平がライト前ヒット、満塁、そしてキャプテンのセンター前ヒットでついに同点に追いついた。最高の瞬間だった。試合はその後延長10回に2本の二塁打で一点を取られ、自分たちの戦いは終わった。
 次の日、限界以上の力を出したせいか自分の両腕は極度の筋肉痛になっていた。
 野球漬けの3年間を思い返すと、練習もみんなについて行けず、体重が10キロ近く減った事もあった。ピッチャーでは通用せず努力もしたが、打者に転向した。
 春の大会の2日前にケガをして1カ月半野球ができない時もあった。でもケガをして出場できない自分の分も頑張ろうと、全員で春の背番号13を帽子の横に書いて戦ってくれた時はホントに嬉しかった。 ありがとう。
高校野球

 家計が苦しかったのにもかかわらず強い私立高校で野球ができる事に単純に喜んだ。しかし母さんは陰で泣いていたのを知っている。そんな親不孝者の自分もあのヒットはせめてもの親孝行になったのではないかと思う。
あの時野球をさせてくれてありがとう。
 あのヒットは一生の宝です。(本人です→)